N.Y.ジャズ見聞録
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鮮やかに蘇る、ヘンリー・マンシーニの知られざる名曲 The Mancini Collective @ The Kitano
New York アメリカン・ソング・ブックの系譜は、第二次大戦前のコール・ポーター、ジョージ・ガーシュインから、1950年代から90年代の初頭まで多くの作品を残したヘンリー・マンシーニに続き、現在も活躍するバート・バカラックに至ると言えよう。そのマンシーニの音楽を検証し、新たなアレンジで甦らせるプロジェクト、マンシーニ・コレクティヴのライヴをリポートしよう。
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ヘンリー・マンシーニは1924年にオハイオ州クリーブランドに生まれた。戦後すぐにグレン・ミラー・オーケストラのアレンジャー兼ピアニストを務めて頭角を顕す。1952年にユニバーサル映画の音楽制作部門に入社し、6年間スタッフ・アレンジャーとして「グレン・ミラー物語」、「ベニー・グッドマン物語」などを手がけ、研鑽をつむ。58年退社後、テレビ・シリーズ「ピーター・ガン」のサントラが大ヒットし、「ティファニーで朝食を」、「シャレード」といったオードリー・ヘップバーン主演映画、ジャズ・スタンダードにもなっている「酒とバラの日々」、誰もが知っていると言っても過言ではない「ピンク・パンサー」のテーマや、「刑事コロンボ」などの音楽を手がけ、グラミー賞、アカデミー作曲賞に輝いたポピュラー音楽界の巨匠である。1994年70歳で、惜しまれながら膵臓および肝臓ガンで、逝去した。ATNからは、マンシーニが自ら手がけた「サウンド&スコアーズ、プロフェッショナルなオーケストレーションの実践的なガイド」の邦訳がサンプルCD音源付きで、2003年に上梓されている。
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![]() テッド・ナッシュ(ts,as,fl) |
![]() マット・ウィルソン(ds) |
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マンシーニ・コレクティヴの中心人物、テッド・ナッシュ(ts,as,fl)は、ウィントン・マルサリス(tp)率いる、ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラでもフロントを務め、現代ニューヨーク・ジャズ・シーンを代表するアンサンブル・プレイヤーだ。また自らのグループ、”オデオン”を率いて活躍している。「インターミディエイト・ジャズ・コンセプション/スタディ・ガイト」(ATN)のテナー・サックス編でも模範演奏を担当し、教育者としての側面も聴かせてくれた。ロサンジェルスの音楽一家に生まれ育ち、18歳でニューヨークにやってきた。ナッシュの父、ディック・ナッシュはトロンボーン・プレイヤー、叔父のテッド・ナッシュは、サックス/フルート/リード・プレイヤーで、ハリウッドの映画音楽の録音に参加するスタジオ・ミュージシャンだった。50年代からマンシーニ楽団にも所属し、週末のTVショウ「マンシーニ・ジェネレーション」に出演する父と叔父を見るのが、子供の頃の楽しみだったそうだ。マンシーニの音楽に囲まれて育ったナッシュにとって、このプロジェクトは、自らの原点や、家族の思い出をたどる重要な意味を持っている。約半年の間、マット・ウィルソン(ds)と共に、マンシーニの古いレコードを集めて採譜をし、その中から20曲を絞り込んで、アレンジを施しリハーサルを繰り返した。その成果が昨年アルバム”The
Mancini Project” (Palmetto Records)となって結実する。選曲では、あえて「ムーン・リヴァー」や「酒とバラの日々」といった大ヒット曲を避けて、知られざる美しいメロディを、多く採り上げた。
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居心地のよい、こぢんまりとしたラウンジといった雰囲気のザ・キタノ・ニューヨークの中二階にあるバーは、天井の低さとロビーとの吹き抜けがプラスに作用し、PAを通さない生音でも素晴らしいバランスで、演奏を楽しむことが出来る。
この夜ステージに登場したのは、レコーディング・メンバーでナッシュの片腕を務めたマット・ウィルソン、フランク・キンボロウ(p)、ベースはルーファス・リードに替わってジェイ・アンダーソンだった。ウィルソンは、デューイ・レッドマン(ts)やリー・コニッツ(as)のグループ出身。アヴァンギャルドからストレートアヘッドまで広い守備範囲を誇る。キンボロウとアンダーソンは、マリア・シュナイダー・オーケストラの鉄壁のリズム・セクションのメンバーである。 |
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演奏された有名曲は、小粋なスウィング・アレンジの「ティファニーで朝食を」、「ドリームスヴィル」ぐらいだったが、日本では未公開の映画「ナイト・ヴィジター(1971)」のテーマや、フランク・キンボロウとのリリカルなデュエットが美しい「シェリルのテーマ」など、多作でありながら美しい旋律の宝庫である、マンシーニの作品群に驚かされた。これらの佳曲をナッシュは、ストレートなスウィングでメロディを歌い上げるだけでなく、コルトレーン・ライクなモーダル・アプローチ、はたまたロック・ビートと多彩な仕掛けを施した。曲間のMCでナッシュはそれぞれの曲のエピソードを解説する。アルト・フルートによるバラードの「雨の兵隊」では、同じ楽器の名手で、マンシーニがミステリアスなシーンの描写にアルト・フルートを多用するきっかけとなった、叔父テッド・ナッシュへのトリビュートを捧げた。「サウンド・アンド・スコア」のサンプル音源にはいっている「ドリームスヴィル」は、トロンボーンのリード・パートは父のディック・ナッシュがとり、叔父が美しいソロをとっているとのことである。この曲をナッシュは、叔父のように美しいルバートでテーマをとり、一転してアップ・テンポのスウィングでアドリブに突入する。オリジナルとは異なった熱気を帯びたプレイで、ファースト・セットが締めくくられた。 |
![]() フランク・キンボロウ(p) |
![]() ジェイ・アンダーソン(b) |
![]() ![]() ![]() テッド・ナッシュ(ts,as,fl) |
テッド・ナッシュは今後も、このプロジェクトを継続していく予定だそうだ。次はどのような知られざる名曲が発掘され、斬新な解釈で再演されるのか?期待がふくらむ。 (2009年4月10日 於The Kitano New York) |
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